偽ると成り切る
2022年02月22日
自分を偽って生きるのは嫌だという趣旨の歌詞がよくある。
自分でない自分がいるのは気持ち悪いのだろうか?
自分らしい自分が実社会で生きられるかというと、結構疑問である。
社会の構成員である以上、その時その時でいろいろな役割を担うことになる。
なかなか自分が願う役割を担う機会には恵まれないのが現実。
こうした場合は、成り切るしかない。
完璧に演じてみる。
役者になるのだ。
自分でない自分を演じる。
これは偽りではないと思う。
演じているのだから。
自分という形も常に変化しているのだから、昨日の自分と今日の自分はちょっと異なっている。
昨日の自分が偽りかといえるか?
自分らしく生きるとは、自分の本願を達成するために生きることであって、その過程においてはどんな役割を演じてもいいはずだ(倫理に背かない限りは!)。
結局、何事も本気で取り組んでいるかぎり、自分を偽ったことにはならないと思う。