過去の努力への執着

2021年10月29日

過去の出来事への執着は、その人を苦しめます。

過去の出来事への執着のうち、一番危険だなと僕が思うのは、成功という結果が出ていない努力への執着です。

一所懸命に努力しても成功という結果が出ないということは、非常に苦しいものです。

その一方で、一所懸命に努力しているということは、その人に誇りを与えます。

誇り高い人ほど、一所懸命に努力しているということにすがります。

一所懸命に努力しても成功という結果が出ないということは、才能が無いからなのか、才能は有るにもかかわらず努力の方向性が異なっている、努力の方法が間違っているのか、何らかの原因があるからです。

一所懸命に努力していることにすがるとは、自分の努力をやみくもに自己肯定して、成功という結果が出ない原因から目を背ける、他人からの助言を受けつけないという状態に陥ることです。

一つのやり方に固執する。それ以外の方法が目に入らなくなる。

引き戸を押してしまい開かない、押し戸を引いてしまい開かない、鍵がかかっている扉が開かないと悩む。傍から見れば、なにやっているの?と不思議に思うようなことに気が付かず、前に進めなくなっている人になってしまいます。

僕は、成功という結果の出ない努力を美しいとは思いません。成功という結果を出すということに拘っています。

成功も失敗も因と縁によって生じる結果です。因と縁が揃って初めて果が生じるのですから、自分の行為という因だけでなく、他人の助言という縁も大切にして欲しいのです。成功という結果の出ていない自分の過去の努力に執着せず、努力の内容を変化させていくことをお勧めします。